Gartner社が発表した「2022年の戦略的テクノロジのトップ・トレンド

今後ビジネス業界のスタンダードとなり得るトレンドをまとめたランキングを抜粋し、前回記事では「ハイパーオートメーション」の解説を行いました。

シリーズ第7弾となる今回は、同じくトレンドにランクインした「意思決定インテリジェンス」を取り挙げてみることにしました。

今回のテーマである意思決定インテリジェンスは、これまでに取り挙げてきたトレンドと比べるとかなり抽象度の高い概念です。

現時点で意思決定インテリジェンスについて日本語で書かれた情報は少なく、また確立された定義が存在するわけではないため、筆者なりの情報収集・執筆を行いました。

これらをご留意のうえ、読み進めていただければ幸いです。

目次

意思決定インテリジェンス 10秒まとめ

  • 「意思決定インテリジェンス」とは、ビジネスにおいて機械学習を用いた合理的な意思決定プロセスを確立するためのアプローチ。
  • 意思決定プロセスを自動化、拡張、または支援することを通じて人間をサポートする。
  • 意思決定インテリジェンスの活用を促進する上で課題となっているのが、AIにインプットするデータの公平性。

意思決定インテリジェンスってなに?

英語では「Decision Intelligence」と表現される意思決定インテリジェンス。

本シリーズでも複数回にわたってご紹介してきた人口知能 (Artificial Intellignece) にどこか似て聞こえるな、と感じた方もいらっしゃるでしょうが、その通り。

意思決定インテリジェンスは、過去記事内で触れた人口知能や機械学習に深く関係する概念です。

AIソリューションを数多く提供するDataRobot社は、意思決定インテリジェンスを「機械学習による意思決定の自動化や拡張、支援」と定義しています。

なんだか表現が曖昧で判然としない気もしますね。

より鮮明な全体像をつかむために、もう少し視点を下げてみましょう。

意思決定の自動化・拡張・支援 それぞれどういう意味?

Gartnerが提唱する意思決定の自動化・拡張・支援はそれぞれまったく異なるアプローチというわけではなく、意思決定プロセスに機械やAIを介入させる度合いによって呼称が区別されています。

意思決定の自動化とは、AIを活用して機械が自律的に意思決定を下すことを指します。

一般的に私たちが思い浮かべるAIのイメージに最も近いアプローチでしょう。

これまで人間が担ってきた意思決定という重要なタスクを機械やAIに代行させ、基本的には人間の介入がなくとも役割を全うさせることを目的としているのがこの「自動化」です。

意思決定の拡張とは、AIが意思決定に係る提案を行いながら、人間による最終的な意思決定を助けることを意味します。

意思決定の拡張は、自動化のように意思決定プロセスそのものを機械やAIに任せることはありませんが、主役である人間にとっての相談役やコンサルタントのように、最適解となり得る選択肢を提案してくれるものです。

意思決定の支援とは、人間が意思決定を適切かつ円滑に進められるように、AIがデータの視覚化、探索、アラートなどを担うことを指します。

直接的に意思決定プロセスに関与することはなくとも、人間が判断を下す際に参考となる資料を用意してくれる、いわば秘書のような役割でしょうか。

どのような意思決定プロセスに介入するの?

ここまで「意思決定プロセス」という表現を繰り返し使ってきましたが、具体的にAIや機械が介入するプロセスは、単純な判断処理から複雑なものまで、多岐にわたります。

ただ、ビジネスにおけるあらゆる意思決定プロセスに対して自動化・拡張・支援を適用できるというわけではなく、時間 (意思決定がどれくらいの期間にわたって行われるか) と意思決定の複雑性が大きく作用するとGartnerは指摘しています。

自動化の対象

自動化が容易なプロセスとしては、火災警報やスパムメール・ファイルのフィルタリング、マイクロクレジット (主に貧困層を対象とした少額融資サービス) の判断などが挙げられます。

上で挙げた意思決定プロセスはいずれも分単位で処理されるものであり、事象の因果関係や将来予測が確立された分野です。

「Aという状況下では、Bを実行する」という単純なルールを定めることができるため、機械によって自動化することが可能なのです。

拡張の対象

一方で、製造業における材料の仕入れや住宅ローンの提案といった、状況と意思決定の関係性がより複雑な分野では、特定の状況に対して絶対的な正解が存在するわけではありません。

このようなシーンでは、複数存在する選択肢の中から最も相応しい決定を下すことが求められているため、機械やAIによってプロセスそのものを自動化するというよりは、人間の主体的な意思決定を補助するための提案に価値が見出されます。

住宅ローンの提案を例として考えてみれば、金融機関側で行う融資可否の判断は確かに自動化できてしまうかもしれませんが、利用者目線ではどの金融機関の・どの住宅ローンを選択すべきかという問いに絶対的な答えはありません。

意思決定インテリジェンスによる拡張を応用すれば、AIが利用者の年齢や申請時の借入額、金利といったデータに基づいて審査に通る確率を計算し、利用者に合った住宅ローンの候補を提案してくれるようになります。

支援の対象

一定のルール・パターンに基づいた意思決定が可能な火災検知や住宅ローンの提案とは対照的に、パターン化や将来予測がほぼ不可能だった分野には意思決定の支援が適用できます。

企業の合併吸収や株式市場における株価暴落への対応といったタスクは、まだまだ人間による分析と意思決定が欠かせない分野です。

AIによる自動化や提案はできなくとも、予測困難な事象に対処する際に必要な情報を視覚化してくれたり、 主観では見落としがちなデータの傾向を指摘してくれるアシスタントがいたら心強いですよね。

意思決定インテリジェンス なぜ重要なのか?

Gartnerが意思決定インテリジェンスを2022年のトップトレンドに位置付けたように、意思決定インテリジェンスが重要度を増しているのには原因があります。

それは、従来の意思決定プロセスでは目まぐるしく変化する昨今のビジネスシーンに対応できなくなりつつあるということ。

これまでの経営戦略は

  1. 現状調査を目的とした調査・データ収集を行う
  2. データの可視化・分析を通じて有益な情報を抽出する
  3. データから得られた情報をレポートにまとめ、経営層に提案する
  4. 提出されたレポートをもとに、経営層が最終的な意思決定を行う

といった具合に、いくつものプロセスと長い時間を経て行われるものでした。

このような意思決定プロセスは慎重な経営判断を下すためには不可欠なアプローチのように思えますが、同時にグローバル化とデジタル化の進展によって流動性が増したモダンな市場においては、足枷にもなり得るのです。

例えば、原材料の大部分を輸入に依存している製造業。

材料の仕入れ先となっている地域で何らかの理由によって生産量が縮小した際に、どのようなアクションを取るべきかについて数週間・数か月も時間をかけていては、生産ラインへの直接的な影響を免れることはできません。

このようなシーンにおいて、機械・AIを用いて意思決定プロセスを迅速化することができれば、不測の事態にも迅速に対処し健全な経営状態を維持することができるようになるというわけです。

活用の拡大に向けて 課題はインプットの公平性

AIは、はじめから知性を持っているわけではありません。

意思決定インテリジェンスをビジネスシーンで実現するためには、人間が意思決定にかかわるワークフローをコンピュータに落とし込まなくてはなりません。

まずは、人間があらゆる状況化においてどのような意思決定を下しているのかをAIに学習させる必要があります。

以前の記事でご紹介したように、AIにデータを学習させるアプローチはいくつか存在します。

その中でも特に問題になり得るのは、特定の状況に対する正解と不正解を反復的にインプットすることでAIの精度を高める「教師あり学習」。

この教師データに人間のバイアス (主観による偏り) がかかったものが含まれていると、AIが出力する意思決定も偏ったものになってしまう可能性があるのです。

例として、ある金融機関が融資希望者に対する融資可否のジャッジをAIによって自動化する計画を立てたとします。

過去の融資実績を反映した教師データでは、特定の性別に該当する個人に対して、返済能力を低く見積もってきました。

すると、この教師データを学習したAIも「Aという属性を持つ申請者は、返済能力が低い」というパターンが刻まれてしまうのです。

もちろん、一般的な機械学習では条件と結果の関係性がもっと慎重かつ複雑なものになっていますが、偏ったインプットは、AIのアウトプットに小さくない影響を与えてしまうのです。

上のような課題に対しては、既に「説明可能AI」や「公正配慮型機械学習」と呼ばれる、AIの倫理的側面に着目した研究が進められています。

そもそも、人間のように柔軟な意思決定能力を持ちながら、同時に人間のバイアスを克服した知能などという存在が成立するのでしょうか?

AIにおける学術研究とビジネスシーンへの応用は、ますます目の離せない分野になっていきそうですね。

おわりに

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